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神戸地方裁判所 昭和58年(ワ)1453号 判決 1990年11月07日

原告 佐々木文子

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 小沢秀造

同 高橋敬

被告 兵庫県

右代表者知事 貝原俊民

右指定代理人 平田重巳

<ほか四名>

主文

一  被告は、原告らに対し、各金五万円及びこれらに対する昭和五八年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  兵庫県公安委員会(以下「委員会」という。)は、原動機付自転車(以下「原付」という。)等の運転免許の申請を受け付け、運転免許試験を実施し、運転免許を与える等の権限を有する行政庁であり、被告の執行機関である。

2  原告佐々木は、昭和五八年七月一日、委員会に対し、原付の運転免許の申請をしたところ、委員会の担当者は、当日の受理を拒否した。

原告十河は、同月一六日、委員会の実施する原付免許の試験に合格し、委員会に対し、原付免許証の交付を求めたところ、委員会の担当者は、即日の交付を拒否した。

3  委員会は、同年七月一日から、兵庫県交通安全協会内二輪車安全運転推進委員会をして、原付免許申請者を対象に原付の技能講習(以下「講習」という。)を実施させ、講習を受講した者あるいはその受講料二五〇〇円の領収書を所持する者には、申請当日に受理して受験をさせ、その合格者には即日運転免許証を交付している。

委員会のした原告らに対する前記両拒否は、いわれなき差別であり、違法である。

4  原告らは、前記申請受理あるいは即日交付の拒否により、苦痛を被った。これを金銭に換算すれば、それぞれ五万円を下らない。

5  被告は、その執行機関たる委員会の担当者の違法行為により原告らの被った損害を賠償する責任がある。

二  請求原因に対する認否

1及び2は認める。3のうち、前段は認め、その余の主張は争う。4は否認する。5は争う。

三  前記両拒否処分の適法性に関する被告の主張

1  運転免許試験及び免許証の交付の日時や場所については、「公安委員会は、免許試験の実施の円滑を図るため必要があるときは、免許申請者に対し受験の日時又は受験の場所を指定することができる。」(道路交通法施行規則二二条二項)、「公安委員会は、運転免許試験に合格した者に対し、免許を与えなければならない。」(道路交通法九〇条一項本文)との定めがあるにとどまるから、その具体的内容は、委員会の裁量に委ねられている。

2  一般的指定

委員会は、原付免許の試験日及び免許証の交付日を次のとおり定め、昭和五八年七月一日から実施した。

(申請受付及び試験日)

講習修了者及び申込者(以下「受講者等」という。)については、月曜日から金曜日まで。その余の者(以下「未受講者」という。)については、土曜日のみ(但し、先願二〇〇名に限る。)。

(免許証交付日)

受講者等が試験に合格したときは即日交付するが、未受講者が合格したときは二週間先とする。

3  差別の合理性

(講習の意義)

昭和四〇年代の経済成長に伴い二輪車が普及し、これと並行して二輪車事故が増加した。その発生原因の大半は、運転手の操作技術の未熟と安全運転知識の欠如によるものであった。そこで、委員会は、二輪車の運転経験の少ない者の安全運転技術の欠如による事故を早急に防止する目的から、前記講習の制度を創設したものである。

(申請受付及び試験日について)

受講者等は多数を占めるために月曜日から金曜日までと指定し、未受講者は少数にすぎないうえに、一般の運転技能試験を行っていない土曜日に試験場のコースを使用して講習を行うために、土曜日と指定した。土曜日の受験人員の限度は、試験場勤務人員等の関係、受験者が少ないものと予想したことによる。

(免許交付日について)

未受講者に対する免許証の交付日を試験日から二週間先と定めた理由は、勤務体制上の事情による。

(総括)

以上のとおり、受講者等と未受講者の待遇上の差別は、講習制度の意義の普及の観点からして、合理的である。

4  委員会の原告らに対する具体的指定

原告佐々木は未受講者であり、かつ、同人の申請日が土曜日でなかったため、その試験日を土曜日とする旨指定したところ、同人はこれを不満として右申請書を持ち帰った。

委員会の担当者は、試験に合格した直後の原告十河に対し、「七月三〇日午前九時から一二時までの間に、合格者の居住地を管轄する警察署の免許窓口へ行って免許証を受領して下さい。その時間帯に行けない人は、翌週の月曜日から一か月間、その警察署で免許証を保管していますから、執務時間内に行って受領して下さい。」旨教示したにもかかわらず、原告十河は、その受領を拒否し続けている。

5  具体的指定の適法性

原告らに対する試験日または免許交付日の具体的指定は、前記のとおり合理的理由に基づく一般的指定をそのまま適用したものであるから、委員会の裁量の範囲内にあり、適法である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(被告及び委員会の組織)、2(委員会による拒否)及び3前段(受講者等の待遇)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、委員会による拒否の適法性について検討する。

1  差別の存在

原告らの主張する受講者等と未受講者に対する委員会の待遇につき差別が存在することは、被告も事実三項の主張(以下「被告主張」という。)2において認めている。

2  差別により原告らの被る不利益

被告主張2によれば、受講者等は、月曜日から金曜日の週五日間にわたって申請及び受験することができ、合格すれば即日免許証が交付されるのに対し、原告らを含む未受講者は、申請及び試験日を土曜日のみと限定され、しかも先願二〇〇名の制限を設けられ、合格しても免許証の交付は二週間先まで待たされるというのであるから、未受講者が受講者等と差別され、相当程度の不利益を受けていることは明白である。

3  差別の合理性の検討

被告は、未受講者の申請受付及び試験日を土曜日と指定した理由をその少人数の点及び受講の便宜に求めるが、元来、運転について必要な技能は原付免許の試験内容から除外されており(道路交通法九七条一項)、委員会の取扱いを見ても講習を申し込んだにすぎない者をその修了者と同列にしていることから、委員会自体、講習の意義を文字通り実践するには及ばないと考えていることが推察され、受講の便宜を差別の理由とするのは相当でない。委員会の申請受理から免許交付までの事務手続を見ると、受講者等より未受講者の方がより手間がかからないと考えられ、被告の主張するように未受講者が少数にとどまるならば、未受講者の試験日を受講者と同一日にしても何の差支えもない筈である。すると、受講者等と未受講者の試験日を別の日にしなければならないという合理的理由があるとは認められない。

受講者等が試験に合格したときは即日免許証を交付されるのに、未受講者が試験に合格したときは免許証の交付日を二週間先と定める理由を、被告は、勤務体制上の事情と主張するのみであるが、その具体的事情の主張はないうえに、受講者に対しては即日交付することができるのに、事務手続上より一層手間のかからない未受講者に対しては二週間も先にならなければ交付することができないことは常識的に考えがたいこと、前記のとおり受講者等と未受講者の試験日を区別する合理的理由はなく、この区分をなくせば交付日の差別も解消しうることをも考慮すると、交付日の差別もまた、合理的と評することはできない。

以上により、委員会の一般的指定による差別は、合理的理由を欠くと言うべきである。

4  委員会の各拒否処分の合理性

被告は、委員会が原告佐々木に対してなした試験日の指定及び原告十河に対してなした免許証の交付日の指定は、前記一般的指定をそのまま適用したものである旨主張する。そうすると、原告らに対する両拒否処分もまた、合理的理由を欠く差別的待遇と言うほかはない。

5  委員会の各拒否処分の違法性

以上により、被告主張(評価を除く。)を仮にそのとおりとしても、委員会のした前記両拒否処分は、いずれも法の下の平等の原則(憲法一四条一項)に違反し、違法である。

三  損害

以上に述べた事情及び弁論の全趣旨によれば、法を忠実に執行すべき職責を有する地方公共団体の職員から公衆の面前で違法な差別的待遇を受けた原告らは、相当の苦痛を被ったと認められ、右各苦痛に対する慰謝料は、各金五万円が相当である。

四  被告の責任

原告らに対する前記両拒否処分は、被告の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて故意によってなしたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項により、原告らに対し、前記慰謝料を賠償する責任を負う。

五  結論

よって、本訴請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないので付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 岡部崇明 井上薫)

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